夏の海
耀(かがや)く浪(なみ)の美しさ
空は静かに慈(いつく)しむ、
耀く浪の美しさ。
人なき海の夏の昼。
心の喘(あえ)ぎしずめとや
浪はやさしく打寄(うちよ)する、
古き悲しみ洗えとや
浪は金色、打寄する。
そは和やかに穏やかに
昔に聴きし声なるか、
あまりに近く響くなる
この物云(い)わぬ風景は、
見守りつつは死にゆきし
父の眼とおもわるる
忘れいたりしその眼
今しは見出で、なつかしき。
耀く浪の美しさ
空は静かに慈しむ、
耀く浪の美しさ。
人なき海の夏の昼。
詩 中原 中也
高校時代に中原中也の、この詩が気に入り合唱にしようと悪戦苦闘しました。
でも、作曲を始めたばかりの私には、とてつもなく無理なことでした。
その後、作りかけのまま数十年も放置されていたのですが、
やっと忘れ物を取りに行くことができたようです。
中也の作品全体に滓のように沈殿している「かなしみ」や「死」の影は
この詩にも反映されているように思われます。
曲はこのような思いから「夏の海」というイメージとは裏腹に
全体ととおして大変に内省的な曲となっています。
ゆったりとした波のなかに漂っているような序のあと、さまざまな形の
波が打ち寄せるように展開されます。やがてそれらの波が自分の心の
なかにまで到達すると不思議と気持ちが穏やかになってくるような
気がして31小節目からのSopranoとAltoのメロディにつながっていきます。
47小節目からはさらに内省的な雰囲気となり、それらが父の死と
重なっていくあたりをフーガ風に構成してみました。
この作品は第32回TIAA全日本作曲家コンクール(2021年)で奨励賞を頂いた曲です。