2012年の顔
2016/航海日誌

2017 丁酉年 謹賀新年(1/7)
韓国でのほんとうの正月は旧正月ですが、最近は新正月にもふつうに「明けましておめでとう」と言うことが多くなりました。今年は1月の27日(金)・28日(土)・29日(日)そして代休の30日(月)の4連休になります。韓国へきて17回目の正月をまたまた論文作成で過ごしております。本年もどうぞよろしくお願いいたします。
謹賀新年(2/8)
ご存知のように韓国は旧正月を祝うので、今日が「ソルラル(正月)」です。正月はソルラルを中心に三日間を休むことになっていることから、今年は2月の7日・8日・9日が正月連休になります。これまで韓国は祝日と日曜がかさなっても代休は無しというのが方針だったのですが、昨年あたりから少しづつ変化があって、今年の正月連休は7日(日曜日)の代わりに10日(水曜日)が代休になりました。ただし、代休とするか否かは企業任せということです。韓国へきて16回目の正月を論文作成で過ごしております。本年もどうぞよろしくお願いいたします。
観劇日誌2 『月の夜、霧の道』(2/6)
この年の瀬に大学路の「大学路芸術劇場」で〈ハニャンレパートリー〉の『月の夜、霧の道』(シン・ウンス作、シン・ドンイン演出)を観劇。

主人公の〈閔甲完(ミン・ガプワン)〉は英親王の婚約者だったが、日本によって強制的に破婚されて他の者との婚姻を強要されていた。彼女は母方のおじ〈イ・ギヒョン〉とともに京城(ソウル)を遠く離れ慶尚道の浮石寺(プソクサ)にやって来る。総督府には閔甲完の気分を晴らすための旅行としたが、じつは上海への亡命を計画してのことだった。しかし浮石寺でも総督府の監視は続いており、そして浮石寺はまさに総督府傘下の朝鮮史編纂委によって発掘作業が行われていた。
ところが発掘作業中に無量壽殿(ムリャンスヂョン)の前で善妙(ソンミョ)伝説とともに石龍(ソンリョン)が発見され、朝鮮人人夫たちが逃亡してしまい発掘作業は中断する。しかし、このことで千年を眠っていた善妙が目覚め、千年のあいだ待っていた義湘大師(ウィサンデサ)に会うために義湘大師の居室だった祖師堂(チョサダン)に下りてくる。しかし祖師堂で善妙を迎えたのは義湘大師ではなく閔甲完だった。義湘大師の帰りを千年待った善妙と、英親王との結婚を10年待ったがかなわず上海へ旅立つ閔甲完の想いが交錯する。
浮石寺の発掘調査を行っているのは、日本で教育を受けた青年歴史学者〈イ・ソンギュ〉だ。イ・ソンギュは「朝鮮史編修会」で教育を受けた青年で、イ・ギヒョンと衝突する。しかしイ・ギヒョンはイ・ソンギュに未来を見出したのか、自身がたいせつに持っていた歴史書『古記(コギ)』をイ・ソンギュに託す。イ・ソンギュは当惑しながらも『古記』を受け取り読み進むことで、やがて自分が日本で受けた教育とは異なる新たな歴史観と向き合うことになる…。

このような物語で、ステージ全面を利用したスケールの大きい舞台美術とともに楽しめました。しかし、役者さんたちがなんだか「典型的」な演技で…相槌の打ち方とか当惑するときの首の角度とか、テレビドラマでふんだんに見るようなしぐさでした。つまり戯曲から導き出される演技ではなく、みんなのよく知っている「安心できる演技」を演技陣はうまくこなしているなという感じで、これがちょっと残念。

再来週の19日から「現代日本戯曲朗読公演会」が南山芸術センター(旧ドラマセンター)で開催されますが、行けるかどうか…。
観劇日誌(1/30)
芸術の殿堂で井上ひさしの遺作と言われる『木の上の軍隊』を拝見。なかなか凝った舞台美術で楽しめました。じつはこの頃、韓国と日本では「戦争の悲惨さ」を語るときに、その「戦争」そのものが違うのではないかということが気になって見に行ったのです。つまり日本の「悲惨な戦争」は「アジア・太平洋戦争」であり、韓国のそれは「南北戦争」のことではないかと。

1990年代に春川と釜山で開催された演劇祭に招待された日本の劇団は、それぞれ「戦争の悲惨さ」を描いた作品を上演しました。これらの作品は「日本人は戦争の被害者である」という主張が暗に明に盛り込まれた作品です。なぜこのような作品を韓国に来てまで上演するのか大いに気になって、5年ほど前に春川と釜山を訪問し、演劇祭の主催者たち会って話をうかがいました。そしたら…春川と釜山の2つの演劇祭の主催者は日本を訪問中にこれらの作品を見たのだが、日本人も戦争の被害者だったということを知って感動し招請したという話です。

この話を聞いたときは、日本の加害責任に敏感な韓国がなぜ「日本人も戦争の被害者だった」という演劇作品を見て感動するのかいぶかしく思いました。しかしついさいきん、何かのきっかけでふと日本と韓国それぞれの記憶に残る「悲惨な戦争」は「別の戦争」なのではないのかと思いついたわけです。韓国は国内が戦場になった南北戦争を記憶しており、日本人はアジア・太平洋戦争を記憶している。つまり、それぞれ「敵」の異なる戦争を記憶しているので「コンガムデ(共感帯)」を構築することができるのではないかという仮説です。

そうすると、日本演劇が韓国を訪問して「日本も戦争被害者」だったという作品を上演し、韓国の演劇観衆から好評を得た…としても、これで日・韓が相互に理解しあえたというのはちょっと無理があるのではないか、という気がしました。この件はじっくり考えてみるつもりです。
去年の日誌
© 岡本昌己