Theatre Reviews
韓国の民話を再構成、アンサンブルに優れた日本の児童劇
劇団ともしび『金剛山のトラたいじ』/金文煥(演劇評論家・ソウル大学教授)「客席」1995年9月号

日本の劇団ともしびが公演した『金剛山のトラたいじ』を楽しく観劇した。すでに1989年に同じ作品で韓国で公演したことのあるこの劇団は、1962年に20名の団員で創団されたと言うので、すでに30年を越える歴史を持つわけだ。第二次世界大戦のあと、日本社会で展開した民間運動のうち音楽と関連があると言うが、そのせいかこの劇団は自身をオペレッタ劇団と呼んでいる。筆者は1991年の一年間、日本の国際交流基金の招請で日本にいた間に、この作品を構成・演出した関矢幸雄の誘いである小学校で観劇した経験がある。

さきほどこの作品をおもしろく見たと言ったのは、まずこの作品の素材が韓国であるためだ。金素雲と金両基の両人によって編まれた朝鮮民話集「」がその源泉となるが、劇団ともしびはこの中から5編を選んで音楽劇として再編したものだ。今回の公演では3篇のみ公演された。この劇団の音楽監督であり代表である井上マサシ氏は、自身が1984年にわが国を訪問したときに、タルチュムとノンアクなどで韓国の民衆芸術が持っている充満したエナジーへ大きな衝撃を受け、韓国の民潭を素材にした作品を企画することになったと制作動機を語った。言い換えれば、アンデルセン童話は知っているが隣国の童話を知らない日本の子供たちの国際感覚を是正してみようという趣旨も無くはないが、それよりはもう少し芸術的な動機が作用したわけだ。公演を見ることはできなかったが、この劇団はロシア作品を素材にした作品も制作したことがあるが、そこでもロシアの民族楽器と民謡を多く活用したと井上は語った。

このような観点から見るならば、いったん公演に関する所感は芸術的な観点から話さなくてはならないだろう。昨年、一年だけでも588回の巡回公演を通じて25万名の観客を動員したという劇団側の説明が無くとも、この公演に接する人々はだれでもそれが可変的な空間活用と緊密に連結したものであることを知るだろう。楽師の席が左右に配置された中に、中央には松の木が一本と五色幕が張ってある。この幕は時には上に開き劇中に俳優たちが飛び出してきたりもするが、人形劇のための幕の役もする。

全般的に見るとき、演技には多分にアマチュア臭が多いのに反して、音楽はハーモニーと楽器演奏でみるように相対的に熟練度を感じさせる。韓国の楽器をおもに使うだけあって、音楽全体にも韓国音楽的な雰囲気を期待できるが、率直に言って多分に国籍不明と言うべきだろう。しかし劇の進行と音楽の性格は調和を成しており、無理はない。演技面では個々人の演技よりは全体的なアンサンブルと見えないものをさも見えるようにするなど、いくつかくふうが見られる。特に想像力を充足させる人形操作と場面転換の腕が印象的だ。遠くなっていく主人公を表現するために少しずつ小さくなっていく人形の活用がその代表的な例となる。

にんにくのことでは無いかと思うのだが、いったんねぎとして、この韓国人が好んで食べる食材によって朝鮮人くさいと蔑視を忍耐しなければならなかった過去を思い起こすとき、ねぎを齧る人々がむしろ開化した民族であるという抗弁がそれとなく巣くう民話を日本の子供たちに、韓国的な雰囲気をかもしだす音楽と衣装そして動作を通じて紹介する作品である。解放50年を迎えたと多少はそわそわしている時期であり、単純に芸術的な観点でのみ見ることを難しくする。

韓国人- 朝鮮人が劇団の一員として参与したことのない状態で、韓国公演のために、できるかぎりすべてのセリフを韓国語で行おうと気を使っているのをはじめ、全般的に演劇に臨む姿勢が真摯だったことが特に感動的だった。「人間は何を発明しようと別れの悲しみと再び会うことの喜び、それは変わらない」というフィナーレの合唱の一節が示すように、普遍的な情緒を基盤に人間、特に外国人まで暖かく理解する子供たちに育ててみようというこの劇団の基本趣旨と真摯な公演姿勢はわが国児童・青少年演劇関係者にもひとつの鑑となるのではないかと思う。

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