人が生まれるとき、そこにはひとつの世界が生まれる。
その人が死んだら、その世界はどうなってしまうんだろう?
千夜、空にはたくさんの星があるだろう?たとえばこの空に千個の星があるとしよう。そうしたら、千夜の名前は千の夜だろう?この夜空を千回、その星空が千夜のだよ。
いつか、きらきら光るその星を千夜にあげよう。千夜が大きくなったら。
約束だよ。
「千夜、おはよう。また夢を見たんだね」
「……おはよう」
子供の頃、千はとても大きくて途方もない数で。空の星が千どころかもっと無数にあることだとか、千の夜だってたった三年もないことや、そんなこともわからないくらい子供だった頃。
父が死んだのは、その頃だ。
「千夜は、いつまでも子供だから昔の夢ばっか見るんだよ」
「――明、勝手に部屋入らないでって言った。ベッドにも乗らないで」
「母さんが起こして来いって言ったんだよ」
ベッドへ乗り出した膝を手で追われると、千明が少し不機嫌に言う。遅刻しても知らないぞ、と呆れてみせる。
「じゃあ、もう出てって。着替えてすぐ行くから」
千明を追い出して、クローゼットに手をかける。引き開けようとした手は、そのまま下へと力なく落ちる。一緒に視線も、思考も落ち込む。
「約束したのに」
ぼそりと呟く。声が掠れているのは起きたばかりな所為だけではない。冬の乾燥した空気が肌をかさつかせている。心もだ。
冬の空気は綺麗だけれど、冷たくて、乾いている。こんな日は思い出したくないことまで思い出す。眠りたくないのに、布団は恋しい。
……冬は苦手だ。
「千夜と小早川くんて似てないわよね」
帰り道、並んで歩く友香が、何か思い出したかのように唐突に言った。
千明のことを小早川くんと呼ばれるのは、当たり前のことなのになんだか不思議だ。
「……二卵性だから」
「そうじゃなくて。ただの姉弟より似てないってこと」
ああ、と小さく頷く。もう慣れた言葉だ、応えも持ち合わせていた。
「明は母さん似で、私は父親似なんだって。母さんと明は、性格もそっくりよ。変に現実的なくせに無責任でいい加減で、経済観念とか生活能力ゼロなところとか」
「千夜の性格はお父さんに似たのね、正反対の。割にロマンチストで、真面目でしっかりしてるとこ」
「私?ロマンチストかなあ……父さんはそうだったみたいだけど」
星が好きで、夜が好きで、優しかった。
「でも父さんが家事とか全部やって母さんを甘やかすから、私が全部やる羽目になったのよ?明は母さんと一緒で何にもできないし」
小早川くん、器用そうなのにね、と友香が笑うが、千夜にすればあまり笑えない。
「見た目だけよ。みんな騙されてるわ。あんな生意気でわがままなのに」
大人しい顔立ちとしか表現しようもない千夜の顔と違って、千明の顔は派手で綺麗だ。昔はモデルをやっていたという母親の血を、間違いなく引いている。
同じクラスではないのでそれほど騒がれもしないけれど、ものすごく珍しい訳ではない代わりにものすごい有り触れている訳でもない「小早川」という苗字は、関心を引く程度には十分に関連性が窺えて、一年の頃にはよく訊かれたものだ。
双子だと知らない者は従姉弟か何かだと思っているかも知れない。それくらい、似ていないというか、印象が違った。
友香の言う通り、ただの姉弟だってもう少し似ていそうなものだ。
「似てない方がいい」
白い息と同じくらいに声が曇る。友香が訊き返したが、何でもないと誤魔化す。
同じ顔が目の前にあるなんて、鏡だけで十分だ。