駅で友香と別れて、スーパーへ寄ってから家に帰る。そういうものだと思ってしまうと、特に嫌だとも面倒だとも思わなくはなっていたが、寒い日には早く帰りたくもなる。
「千夜、何で先帰るかなあ。買い物行くなら付き合うって、俺ちゃんと言ったろ?」
家に着くなり千明が抗議する。学校に置いてきぼりをくった形になったのを怒るなんて小学生みたいだ。
「一緒に帰ったら目立っちゃうじゃない」
「何だよ、千夜は俺といるの見られたら困る訳?」
口調が拗ねるように変わる。普通高校生にもなれば家族と歩くのなんて、姉とスーパーで買い物なんて嫌がりそうなものなのに、千明はこういうことを恥ずかしがらない。
「そんないっぱい荷物持ってる方が何かと思うよ」
「別に平気だってば。持てないほど買わなきゃいいんだもん。明が来たらいらないものまで買っちゃうでしょ」
笑いを含んで言う。千夜のその表情につられて千明も機嫌を直したように笑う。笑うと、拗ねたときより更に子供みたいだ。
「千夜、今日のご飯は?」
「んー安かったからお魚買っちゃった」
「俺、魚嫌いー食べるのメンドー」
ビニール袋を少し持ち上げて示すと、千明がそれを受け取って冷蔵庫へと仕舞いながら言う。他の袋に牛乳パックを見つけて、重くない訳ないじゃん、と小さく呟いて、それも仕舞う。
「好き嫌いしないの。なんで明ってばキレイに魚食べれないの?家で明だけじゃない」
「……ちゃんと食べるよ。千夜の料理おいしいし」
「じゃ、明の好きな肉じゃがも作ったげる」
単純に喜ぶ千明に、まるで母親と小さい子の会話だと千夜は内心で呆れる。
「あーあ、千夜がお嫁さんに来てくれればいいのに」
「馬鹿言わないの。明、もてるじゃない」
突然そんな風に話を振るから、さっき母子の会話だと思ったものが新婚の会話に思えて、思わず笑いそうになる。
「関係ないよ。千夜こそ好きな奴とかいんの?」
「――――いないわよ」
ちょっと答えに詰まるのは、何も嘘をつく所為でもなくて。ただ、そんなこと千明に関係ない、と自分が話を仕掛けた手前言えなくて、それだけだ。
「ふーん?……好きな奴できたらさ、俺には言えよな。ちゃんとした奴か俺が見てやるよ」
少し疑うように見て、本気とも冗談ともつかないトーンで言う。
「何言ってんのよ、もう。ひと昔前の父親みたいなこと言わないでよ」
「言うよ、父さんの代わりに、ちゃーんと千夜のこと見てやんなきゃ。俺、大黒柱だもん」
その割にその言葉は吐き出す息のようで、ぼそりと呟いたくらいの強さしかない。実際言っている本人にも父親という存在は遠い記憶でしかないのだから。
――――本当は代わりなんかじゃなく……。
「そういうのは一人前になってから言いなさい」
そう言って笑う千夜の顔を見ているとどこかもどかしさを感じる。言えない言葉を飲み込んだ腹の中がぐるぐると消化不良を起こしたように具合が悪い。
“俺が”なんて一言は勇気よりも罪悪感で。“守る”とか“大切にする”とか、そんな言葉で傷つけそうで。冗談でかわされれば自分が傷つくのも必至で。だったらそんな余分な言葉なんて要らない。
「男は、不言実行……だろ?」
その言葉も、だから、言わない。