「っと……ケータイ……?私のじゃない」
 反射的に取り出そうとした手を鞄から引き抜く。音は鞄の中からではない、もっと下……と足元を見て、危うく踏みそうになっていた足を思わず慌てて退く。
 そうしている間にも携帯電話はせわしく鳴いていて、何故かきょろきょろした後、千夜はそれを拾い上げる。
「はい?」
「あ、よかった。それ、俺のなんですけど。何処に落ちてました?」
 落とし主かららしい電話に、千夜は現在地を伝える。
「困ったな。今から取りに行くっても、これから取りに行くまでそこで待たせる訳行かないし。だからって家に取りに行くとかって訳行かないしな……」

 どうやら既にここからは離れたところにいるらしく、電話越しにひとしきり悩んだ後、悪いんだけど……と切り出す。
「もしよかったら明日まで預かっててもらっちゃ駄目かな」
「え?構いませんけど……?」
 相手の様子につられて、つい反射的に了承してしまう。よかったー、と心底ほっとした調子の独り言が電話の向こう側から聞こえる。

「えっと、それじゃそっちから出やすい場所って何処かある?都合のいい場所と時間にそこまで受け取りに行くから」
「あ。ええと、じゃあ、駅前とかならどうせ学校の帰りに通りますけど」
 それなら携帯電話の落ちていた現在地からもそう遠くない。取りに来る側にしても不都合はないだろう。
「じゃあ……五時に南口……と、四時半くらいのがいいかな」
「いえ、五時でいいです。それじゃあ明日」

 電話を切って、改めて手の中の携帯電話を見る。見知らぬ相手と見知らぬ相手の携帯電話を使って話すと言うのは、何だか少し不思議な感じがする。
 よくよく考えれば、見ず知らずの相手と会う約束をするというのは危険な気もしなくはないが、どうも相手の方が千夜よりもその辺りのことには気を遣っていた気もする。というよりは、千夜が無防備過ぎたのかも知れない。結果的には人の多い駅での待ち合わせだ、心配はないだろうが。

「同い年くらいかな」
 声から想像するにそんなに大きく歳が離れているという印象でもない。けれど、少し落ち着いた感じがするといえばそんな気もする。
「って……特徴も名前も聞くの忘れた」
 相手も千夜のことは何も訊かなかった。
「まあ……向こうからは連絡取れるんだから、何とかなるか」
 考えても仕方ないとばかりに呟いてみる。大丈夫と口にすれば大丈夫な気がする。何とかなると言葉にすれば何とかなる……これは母親の言だが、こればかりは千夜も考えを譲り受けている。
 「大丈夫」という言葉がただの無責任ではないと、自分に対しても他人ひとに対しても優しい言葉だと信じていられるから。

「そういえば、明は嫌いだっけ」
 苦笑する、本当に反対で、分け合って受け継いだみたいで……却って繋がっている気がする。
 そこまで考えて友香の言葉を思い出して、ドキッとする。「恋をしろ」と言ったイミ。それから、さっきの電話のことまで続けて思い出してしまって、慌てる。
(友香が変なこと言うから……)
 変な風に考えてしまうではないか。いや、友香に話せば「そういう偶然の出会いこそ恋の始まりってやつでしょ?」くらい言われそうだ。
 自分の中で創った友香の言葉に思わず赤面する、少女マンガ以下の発想だ。何も起こる訳もないし、何も始まる筈も……期待もない。

 なのに、どうして……
 ――――誰にも内緒にしとこう、なんて思ったんだろう?

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